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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2212号 判決

控訴人(第一八一八号)原告 鶴羽ミサオ 外一名 代理人 若林清 外一名

(第二二一二号)被告 村松五郎 久志本喜代士 代理人 児玉義史

被控訴人(第一八一八号)被告 久志本喜代士

(第二二一二号)原告 鶴羽ミサオ 外一名 代理人 若林清 外一名

主文

一、原判決を左のとおり変更する。

(一)  第一審被告村松五郎は第一審原告鶴羽ミサオに対し金三十七万五千円及びこれに対する昭和二十八年三月二十九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

第一審原告鶴羽ミサオの第一審被告村松五郎に対するその余の請求を棄却する。

(二)  第一審被告久志本喜代士は、第一審原告鶴羽ミサオに対し金一万五千円、第一審原告ダビド・ルイス・カールソンに対し金一万円並びに右各金額に対する昭和二十八年三月二十九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

第一審原告鶴羽ミサオ及び第一審原告ダビド・ルイス・カールソンの第一審被告久志本喜代士に対するその余の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審原告鶴羽ミサオと第一審被告村松五郎との間に生じた部分については全部第一審被告村松五郎の負担とし、第一審原告両名と第一審被告久志本喜代士との間に生じた部分については、これを三分し、その二を第一審原告両名の負担とし、その一を第一審被告久志本喜代士の負担とする。

三、この判決は第一審原告等勝訴の部分に限り、第一審被告村松五郎に対し第一審原告鶴羽ミサオにおいて金十万円の担保を供することを条件として、また第一審被告久志本喜代士に対しては担保を供しないで、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一審原告両名(いずれも第一、八一八号控訴人、第二、二一二号被控訴人、以下単に第一審原告等と称する)訴訟代理人は、第一、八一八号事件につき「原判決中第一審原告等勝訴の部分を除きその余を取消す。第一審被告久志本喜代士は、第一審原告鶴羽ミサオに対し金四十二万九千三百円、第一審原告ダビド・ルイス・カールソンに対し金三万六千五百円及び右各金額に対する昭和二十八年三月二十九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審共、第一審被告久志本の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を、第二、二一二号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審被告村松五郎(第二、二一二号控訴人、以下単に第一審被告村松と称する)訴訟代理人は、「原判決中第一審被告村松に関する部分を取消す。第一審原告鶴羽ミサオの第一審被告村松に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告鶴羽ミサオの負担とする」との判決を求め、第一審被告久志本喜代士(第一、八一八号被控訴人、第二、二一二号控訴人、以下単に第一審被告久志本と称する)は、第一、八一八号事件につき、控訴棄却の判決を、第二、二一二号事件につき、「原判決中第一審被告久志本の敗訴の部分を取消す。この部分に関する第一審原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告両名の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

第一審原告両名訴訟代理人において「一、(第一審原告鶴羽ミサオと第一審被告久志本との関係において)、

(1)第一審原告鶴羽ミサオは第一審被告久志本喜代士に対し昭和二十七年十一月中旬頃、ミサオの実兄鶴羽正次郎名義で本件土地建物を買受けるについて、実質上の買主たる右ミサオを代理して、売主及び仲介業者との交渉並びに目的物件の登記簿の調査その他売買契約締結に必要な一切の行為を、包括的に委任したものである。かようにミサオが本件売買契約締結を含む一切の行為を前記久志本に委任した所以のものは、本件物件が相当高額の不動産であるばかりでなく、ミサオは始めての上京後日なお浅く、事情に疎い年少の婦女である上、夫は生活慣習を異にする米国人であり、一方隣人たる久志本は年配者であると共にかねて土地の有力者で、しかも不動産の取扱いについては経験が深いと称していたので、ミサオは全幅的に同人を信頼したことによるものである。かような事情の下に土地建物の買受に関し一切の行為を委託されたものは、当然(イ)土地建物について個別的に登記簿を自ら調査するか或は登記簿謄本を徴し、または名義者本人について目的物件の権利関係をたしかめ、(ロ)売主の代理人との間に取引をなすにはその代理権限の有無を調査し、少くとも当該権利証、委任状、印鑑証明書等の提示を求め、(ハ)代金の内金引越料等の支払についても、契約条項ないし取引の慣行に従つて明渡または権利証等所有権移転登記に必要な書類と引換になす等委任者たる買主に不測の損害を蒙らしめないよう、周到な注意を払うべき義務がある。しかるに第一審被告久志本は、これら受任者としての注意義務を怠り、漫然相手方代理人であると称する稲岡の言を軽信し、自ら第一審原告ミサオの代理人として本件売買契約を締結し、ミサオをして従前主張の経過の如く合計金三十七万五千円の出捐をなさしめたのであるが、結局売買契約は履行不能に帰し、ために同第一審原告はこれに相当する損害を蒙つたのであるから、これが賠償の責がある。(2) 仮りに前示の如き包括的な委任がなかつたとしても、本件売買契約に関し第一審原告ミサオは、第一審被告久志本に対し(イ)昭和二十七年十一月中旬頃本件土地建物が真実売主所有であるかどうかについての調査、(ロ)同年十一月十八日契約締結の際久志本の申出により買主ミサオの代理人として契約を締結すること、(ハ)更に同年同月二十八日、訴外稲岡に代金内金二十二万円を土地権利証と引換に支払うべきことを依頼し、少くともこれら個別的事項については両当事者間に委任ないし準委任の関係があつたものであるところ、右委託の趣旨に副う注意義務を怠り叙上損害を惹起せしめたのであるから、同様賠償の責がある。(3) なお右両当事者間の委任ないし準委任関係の有無にかかわらず、本件事実関係の下にあつては、第一審被告久志本において同時に不法行為上の責任ないし民法第六百九十七条に基ずく事務管理者としての管理義務の違背を免れず、いずれにしても、前示損害を賠償する義務がある。二、(第一審原告鶴羽ミサオと第一審被告村松五郎との関係において)。当審における第一審被告村松の主張事実中第一審原告鶴羽ミサオの従前の主張に反する部分はすべて否認する。」と述べ、

第一審被告村松五郎訴訟代理人において「(一)第一審被告村松五郎は昭和二十七年十月頃、不動産仲介業の免許を受けて、その業務に従事していたところ、第一審原告鶴羽ミサオからその新居の買受方を依頼されていた第一審被告久志本より右斡旋の申出を受けたので、二十ケ所ばかり案内したが、いずれも第一審原告らの気に入らず、漸く本件土地建物を検分するに及んでその要望するところとなり是非共斡旋されたい旨懇請された。よつて第一審被告村松は売方に買方のある旨を告げて土地及び建物の権利証の提示方を求めたけれども、売方では『権利証は後日提出するから、一応買方に会わせろ』と言つてやまないので、前記久志本とも話合つた末直接売方と買方である第一審原告鶴羽ミサオ等とを会わせたのである。すると売方では買主があまりにも右物件を買受けんとする意慾が強かつたのを察知して、『外にも買方があつて、早い者が勝だ』と言つたものであるから、右鶴羽ミサオ等は益々焦り気味となり、右物件の権利証などを見ようともしないで、直ちに買受けることを表明したので、本件売買は急転直下的に成立するに至つたものである。そして右売買契約書を作成するに際し、村松としては単に立会人として署名せんとしたところ、ミサオ等買方の方で立会人の意味を解しなかつたので、右契約にもとずき正常の状態で履行されることを条件として軽い意味における保証の趣旨で、署名したに過ぎないのである。なお契約締結の日に第一審被告村松等立会の下に手付金十万円の授受を了し、右村松は仲介手数料金五千円の交付を受けたが、その後売方から訴外中沢の立退料として金五万円、内入代金二十二万円を支払われたいとの申出があつたので、その旨をその都度前記久志本を通じてミサオに伝えたが、決して慫慂したものでなく、右金五万円の支払についてはたまたま村松も居合せていたため立会つたけれども、金二十二万円の授受は久志本がこれを為したのであつて、村松としては全然関与しておらず、従つて少くともこの分についてはその責に任ずべき筋合でない。(二)以上述べた事実関係の如く、第一審原告ミサオ等は遮二無二本件物件を買受けんとする意慾が強かつたので、仲介人たる第一審被告村松等をして右物件の登記関係等を調査せしめ、または権利証等を検分せしめる機会を与えないで、第一審原告等が直接売方であつた訴外稲岡等と会見した当日である昭和二十七年十一月十八日、売買契約を締結したのであるから、その契約を履行し得ざるに至つても、村松としては何等の過失なく、それは専ら第一審原告ミサオ等自らが招来したものと謂うべく、従つて、これに基因して生じた損害は自ら負担すべきは当然である。また第一審被告村松が売買契約書に保証人として署名したのは、正常の状態でなさるべき契約を、売主に履行せしめるという意味でなしたに過ぎないのであつて、訴外稲岡の身元保証をしたわけでないから、同訴外人の計画的の詐欺行為によつて生じた損害の填補までも保証したものでないことは勿論である。仮りに第一審被告村松においてその損害賠償の責ありとしても、前記の如く第一審原告ミサオ等において、村松をして登記関係等を調査せしめる機会を与えないで、自ら進んで売買契約をしたのであるから、第一審原告ミサオにも過失があり、この点において過失相殺の抗弁を主張する。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、第一審原告等訴訟代理人において、当審における第一審原告両名の各本人尋問の結果を、第一審被告村松訴訟代理人において、当審における第一審被告村松五郎及び第一審被告久志本喜代士各本人尋問の結果を援用した外は、原判決事実摘示中該当部分記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第一、(当事者間に争のない事実)

原判決理由(第一)の項に記載する各事実(記録第二六三丁表二行目以下同第二六四丁表一行目まで)は、第一審原告鶴羽ミサオと第一審被告村松五郎及び同久志本喜代士間に争のないところである。ただし右引用にかかる原判決の記載中、(一)第二六三丁表七行目「重広及中沢の代理人稲岡勝実」とあるのを「重広及び中沢の代理人であるという稲岡勝実」と、(二)同第二六三丁裏三行目以下「原告ミサオは被告両名のすすめにより、昭和二十七年十一月二十八日中沢に対する分として代金内金五万円及び重広に対する分として金二十二万円をいずれも稲岡を通じて支払つたこと」とある部分を「原告ミサオは被告村松ないし同久志本の連絡に応じて昭和二十七年十一月二十八日中沢に対する代金内金として金五万円及びその翌日重広に対する代金内金として金二十二万円をいずれも同人等の代理人であるという稲岡に支払つたこと」と訂正する。

第二、(前示争のない事実以外の本件売買契約成立までの経過及びその後の代金内払の経緯に関する事実関係と、これを前提とする第一審被告両名の責任)

次に前示当事者間に争のない事実、第一審原告ミサオと、第一審被告村松、同久志本間に成立に争のない甲第一、第五、第六号証、原本の存在及び成立につき前記当事者間に争のない乙第一号証の一ないし四、同第二ないし第四号証の各記載、原審証人河野恭雄、同佐々木慶彌、同稲岡勝実、同久志本コノ(第一、二回)の各証言、原審及び当審における第一審原告鶴羽ミサオ(原審第一、二回)、同ダビド・ルイス・カールソン、第一審被告村松五郎、同久志本喜代士(原審第一、二回)各本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。

即ち

(一)  本件土地及び建物は前示のとおり、登記簿上はそれぞれ重広直孝及び中沢文江の所有名義となつていたが、実質上は前記稲岡勝実の実兄であり、中沢文江の内縁の夫である永井輝実の所有に属し、右永井は重広等を介し昭和二十七年九、十月頃代金五十万円で訴外藤森作次郎に売渡し、代金のうち二十万円を右重広が受け取つたが、同人はこれを永井に手交しなかつたのと、当時の不動産の値上りから右永井は、これを他に高価に売却してその代金を以て藤森との売買を解消しようと考え、稲岡勝実と共に他の売却先を物色することとし、稲岡は知合のブローカー山岸堯を通じて、当時不動産仲介業を営んでいた第一審被告村松を知り買方の斡旋を依頼して置いたが、間もなく永井は前示藤森との話合で先きの売買契約を履行することとなり、(この結果前示の如く登記がなされたものである)同年十一月初頃稲岡から、先に手交してあつた本件建物の権利証の返還を受けたもので、稲岡は右の事実を知悉して居り、最早前示土地建物を他に売却すべき何等の権限はなかつたのであるが、仲介人村松にはこのことを秘していた。

(二)  一方第一審被告久志本は第一審原告等夫妻とは、同人等が昭和二十七年五月頃隣家に間借していた頃からの知合で、親しく交際して居り、ミサオは上京後間もない頃であり夫ダビドは米国人で日本の土地にも不慣れな関係上かねてミサオから、自分らだけでは不案内だから住居にするための土地家屋を見付けて貰いたいと頼まれたので、隣人としての好意からこれを快諾し、昭和二十七年十月頃前示不動産の仲介業を営む村松に右の由を告げて、その買受方の仲介斡旋を依頼した。

(三)  右依頼を受けた村松はミサオ等に諸所を紹介したが、結局同年十一月七日検分した本件土地建物が第一審原告らの気に入るところとなつたので、(イ)同年十一月十八日久志本方に前示売主側の代理人と称する稲岡、山岸、第一審被告両名、第一審原告両名及び通訳の任に当つた河野恭雄等が会合し、村松の仲介により、前示第一説示の内容(引用の原判決記載参照)の本件土地建物の売買契約が成立し、その契約書(甲第一号証)には稲岡が売主重広及び中沢の氏名を代筆捺印し、久志本がミサオのため買主代理人として署名捺印したのであるが、その際ミサオの夫ダビドにおいて、代金は買主が目的物件を完全に入手できるまで支払うべきでないとの意見であつたけれども、日本に居る以上日本の慣習に従うべきであるとの久志本や村松の勧告に従つて、結局手附金十万円を即時に支払うこととしたものの、それでもなお第一審原告等が危惧の念を表明したので、第一審被告村松においては売主側の履行の確実なるべきことを確言し、本件売買契約にもとずく売主の責任についてはこれが保証の責に任ずべき趣旨の下に、契約書の立会人欄に「兼保証人」と附記した上署名捺印し、仲介料のうち金五千円を買主側から受領した。(ロ)前示(一)説示の如く、当時稲岡は売主側の代理人として右物件を他に売却する何等の権限を有しなかつたのであるが、仲介人たる村松は右売買契約締結の事前に登記簿を調査したり、右稲岡について売主側の委任状、権利証、印鑑証明書等の提示を求める等、右物件の権利関係や稲岡の権限の有無を確知するに足る措置に出でず、ただ自分の所へ売却斡旋を依頼してきた右稲岡等の言をそのまま軽信し、稲岡を売主側の代理人として買方に紹介してあつたのに加え、更に進んで契約締結に際しても、前示の如くその確実なることを念を入れて保証したので、買方側もそれ以上調査することもせずこれに信頼して(尤も久志本はミサオ等と共に中沢方に至り実地検分をしたり、さきに山岸が本件家屋の登記簿を閲覧したときのメモであるというものを山岸から見せられ、本件家屋には抵当権が設定されていることを知つていたが、それは代金のうちから支払つて抹消できるから差支えないことを第一審原告等に告げた事実はある)、本件契約を締結したものである。

(四)  本件売買契約における代金の支払方法及び明渡期限については、契約書面では前示のとおり(前示第一の原判決引用部分参照)となつていたが、稲岡から明渡期日を若干早めるから家屋明渡のときには代金の半額を支払つてほしいとの希望を告げられていた村松は、右稲岡の意を受けて、久志本を通じて、ミサオに対し、売主側では本件建物の明渡期限を昭和二十七年十一月二十九日に繰り上げ、かつ同時に権利証等をミサオに引渡す代りに、買主側において移転料の名目で金五万円(内金に算入)その他権利証の取戻しに要する内入代金二十二万円を支払われたい旨念を押して伝達し、久志本と共に取引の円滑を期するためこれに応ずるようすすめたので、ミサオもこれを諒承し、先ず右引渡期と定めた日の前の即ち昭和二十七年十一月二十八日、久志本と同道して本件建物に到り、居合わせた村松も立会の上、久志本を通じて稲岡に金五万円を支払つた。その際稲岡が、「さきに申入れのとおり権利証は他に担保に入つているから、これを取戻すため、利息を含めて金二十二万円必要だ、明日(二十九日)午後一時頃新橋駅前の明治製菓喫茶部で落合いその時権利証を渡すから金二十二万円を用意されたい」と重ねて要望するや(記録第一五二丁等参照)、前同様村松も久志本もこれに同調し、ミサオを説得して承諾させ、その晩ミサオは久志本に右稲岡に交付すべき金二十二万円を託するに至つた。

(五)  (イ)翌二十九日の引渡期日の正午頃久志本は、新宿駅西口で稲岡、山岸等と落合い(村松は途中で引返しこれに加わらなかつた)、連れ立つて新橋に行き新橋駅前の明治製菓喫茶部に入つていると、稲岡は久志本等を一階に待たせたまま一旦二階に上りやがて降りてきて「債権者は二階に来ているのだが来客があつて来られぬから、金を出してくれ」と言うので、何等の疑念をさし挟まなかつた久志本は山岸を通じて金を稲岡に渡した。ところが、二、三十分位経つても二階から稲岡が権利証を持参しないので、久志本は不審に思つて二階に上つて稲岡のことを訊ねたところ、誰も知らないとのことで始めて籠抜け詐欺にあつたことがわかつた。(ロ)一方第一審原告ミサオは、同日午前久志本方に立寄り、久志本の指図で移転に備えて畳屋や運送店の手配をする等本件土地建物の受渡の準備をしていた折柄、他に已むを得ない急な用事ができて、同日午後に入つてから、漸く本件土地建物の引渡を受くべく中沢方(本件建物)に赴いたときには、右建物は既に訴外藤森が占拠していて入居できず、前示籠抜け詐欺の一件と相俟つて本件売買が当初から稲岡の計画的詐欺に因るものであること、及び本件物件の権利関係は前示の如きものであることが判明し、最早契約は履行不能に帰し、これがため第一審原告ミサオは前示出捐にかかる合計金三十七万五千円に相当する現実の損害を蒙るに至つた。

という事実が認められる。前示引用の各証拠中以上の認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

よつて以上の事実関係を基礎として、第一審被告両名に対する第一審原告鶴羽ミサオの請求の当否について考察する。

(A)  第一審被告村松の責任。

(a) 一般に不動産の仲介業者は不動産の売買等の法律行為を媒介することを引受けるものではあるが、媒介行為自体は事実行為であつて、仲介契約は準委任契約と解すべきである。そして仲介人は媒介に当つては民法第六百四十四条により、仲介契約の本旨に従い、善良なる管理者の注意を以て媒介をすべき義務を負い、宅地建物取引業法第十三条にもこの趣旨を明定しているのであつて、売主と買主双方の間を斡旋仲介するに当つては、売買契約が支障なく履行され当事者双方がその契約の目的を達し得るよう配慮して、仲介事務を処理すべき業務上の注意義務あるものと解すべきは理の当然である。ところで叙上認定説示した如く、第一審被告村松は第一審原告鶴羽ミサオから本件不動産の買受斡旋の委託を受けて、売主側との間の売買仲介をし、進んで自ら契約の締結にも関与しながら、事前に登記簿について当該物件の権利関係を調査せず、売主側の代理人と称する稲岡に対してその権限の有無を確知するに足る委任状、印鑑証明書、権利証等の提示を求めるようなこともせず、専ら稲岡のいうところのみを軽信して同人を売主側の代理人として紹介し、ミサオ等買主側と本件売買契約を締結せしめ、更にその取引の確実なことを保証し、ミサオに勧めて前示経過の如き出捐をなさしめたことは、到底仲介業者として前示注意義務を尽したものということはできない。

従つて第一審被告村松は第一審原告鶴羽ミサオの蒙つた右出捐金に相当する金三十七万五千円の損害を賠償する責がある。

(b) 次に第一審原告鶴羽ミサオは、本件売買契約締結に際し、右契約が買主の責に帰すべからざる事由に因りその目的を達成し得なくなつた場合には、第一審被告村松において売主とは別に独自の責任において第一審原告ミサオに対し前示手附金十万円の倍戻(金二十万円)をなすべき旨特約した旨主張し、同被告に対し更に右特約を前提として、前示手附金十万円の現実の交付に因る損害と重複しない金十万円の支払を求めている(第一次の請求として)のであるが、前示第二の(三)の(イ)末段において認定説示した如く、第一審被告村松において、契約書に「兼保証人」と附記し、これに署名捺印した趣旨は、売主と買主との間に契約の有効に成立した通常の場合を予想し、右売主の履行を確保するという意味で、前示契約書に記載ある手附倍戻しの約款その他の条項にもとずく売主等の履行すべき債務について、これが保証の責に任ずべきことを約したに止ると解するを相当とすべく、売主の責任如何に拘らず村松独自の責任においてかかる手附倍戻しの特約をしたものと解することはできない。してみれば本件売買契約が前示経過の如く関係当事者たる村松やミサオの予想に反し、全く訴外稲岡の計画的詐欺行為に因るもので、契約書の名義上の売主の関知するところでなく従つて契約不履行につき右売主の責任を問うことができない以上、第一審被告村松としては、前示(a)の賠償責任の外に右売主の保証人として手附倍戻の約款に基ずく履行の責はないものと謂わねばならない。その他第一審原告ミサオ主張のような特約を肯認するに足る確証はないから(この点に関する第一審原告等の供述は前示認定の経過に照らし採用し難い)、かかる特約の存在を前提とする第一審原告鶴羽ミサオの第一審被告村松に対する右金十万円(遅延損害金を含めて)の支払を求める部分は理由なく失当として棄却する外はない。

(c) 第一審被告村松は、第一審原告鶴羽ミサオにおいて本件土地建物の買受を熱望し焦慮した結果、仲介人村松に調査の機会を与えないで、自ら進んで契約の締結を急いだのであるから、契約が履行し得ざるに至つても、それは専ら第一審原告ミサオ等の自ら招いたものであつて、仲介者村松の過失の責に帰せしむべきでないと主張するけれども前示認定の経過に徴すればかかる調査の余裕もなかつたと解することはできず、これがため何等前示仲介業者としての注意義務を排除するものではない。また前示ミサオの出捐中、最後の金二十二万円の現実の授受には、村松としては関与していないけれども、稲岡の要求による右金員の支払も村松や久志本のすすめによるものであり、買方として売買契約が有効に成立し且つ履行可能と信じたればこそ右出金をなすに至つたのであるから、右二十二万円の損害についても、前示村松の過失に由来し同人としてこれが賠償の責あるこというまでもない。

(d) 次に第一審被告村松の過失相殺の抗弁につき審按するに、

前示冒頭引用の各証拠並びに第二の(一)ないし(五)掲記の認定事実に徴すれば、第一審原告ミサオ等においても、本件建物所在について実地に検分し、村松の紹介で稲岡を知り、何回か同人と会つたことがあり、本件契約を締結するに当り、同席したミサオ並びに買方の代理人として契約証書に署名した久志本等においても、事前に直接売方本人ないし稲岡について、或は自らまたは確実な方法で登記簿をしらべる等、積極的にその権利関係、権限の有無等の点についてこれを確認し得る措置を執らなかつたことは、それを窺知し得るけれども、敢えてその挙に出でなかつたのは前説示(第二の(三)(イ)及び(ロ)の後段参照)にもあるとおり、買主側としては本件売買に当り、もつぱら不動産売買仲介業者たる第一審被告村松に信頼していたものであることは明らかであり、専門の知識経験を有しそれを業務とする仲介業者に手数料を支払つて不動産取引の媒介を委託するのは、一面においてそれによつて取引に過誤なからんことを期するためでもあることに思をいたせば(殊に本件にあつては契約締結の際仲介者村松において履行の確実なことを保証した位であるから)、買主側で仲介業者たる村松を信用して同人のする以外に自ら相手方の事情を調査しなかつたとしても、敢えてとがむべきでなく、これを以て過失あるものとすることは相当でない。また契約条項を一部変更し履行期や内払金額の支払期を繰りあげて支払つたことはほかならぬ村松等のすすめに因るものであり、昭和二十七年十一月二十九日の移転の当日第一審原告ミサオにおいて本件土地建物の引渡を受け得られなかつた経緯は、前記第二の(五)後段に説示するとおりであつて、いずれも第一審原告ミサオの過失の責に帰せしめる根拠なく、更にミサオにおいて契約の締結を急ぎ仲介者村松に調査の機会を与えなかつたから、この点において過失があるという主張については、前説示にもあるとおり、かかる調査の機会を与えなかつたという事実を肯認するに足る何等の資料はないしその他本訴に顕われた一切の証拠を精査するも、第一審原告ミサオ側に過失ありと認むべき事実の徴すべきものはないから、右過失相殺の抗弁は採用できない。

以上説示のとおりであるから、第一審原告鶴羽ミサオの第一審被告村松五郎に対する本訴第一次の請求中前示(a)の金三十七万五千円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達せられた日の翌日であること記録上明らかな昭和二十八年三月二十九日以降完済に至るまで年五分の遅延損害金の支払を求める部分は、正当としてこれを認容すべきも、前示(b)の特約を前提とする爾余の請求(金十万円及びこれに対する遅延損害金)は失当としてこれを棄却すべきものである。(なお同被告に対し金二十万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める予備的請求は前示(a)の損害賠償の請求が認容せられない場合を前提として、前示(b)の特約に基ずいてなすものであるが、その理由のないこと前説示に照らして明らかであるから、改めて判断を附加する要を見ない。)

(B)  第一審被告久志本の責任(ただし後記第三に関する部分を除く。)

第一審原告鶴羽ミサオと第一審被告久志本喜代士との関係については前掲第二の(二)に説示したとおりであつてミサオの方では不案内でもあり、久志本夫妻を頼りにし、住宅を購入したいから、適当な所を探して貰いたいということから端を発し、久志本も隣人としての好意から助力することとなり、不動産仲介業を営む村松に仲介斡旋を依頼したのを始めとし、前示第二の(二)ないし(五)に諸々説示する如く、本件取引についての折衝や契約の締結、内金の授受に介入した事跡はあるが、別に報酬を貰つたわけでなく、隣人としての好意に基ずく助力の程度を出でず、包括的にも個別的事項についても、第一審原告鶴羽ミサオ主張のような委任関係の成立を肯定することは、この点に関する原審及び当審における第一審原告両名本人の供述だけでは前示認定の諸般の経緯に照らして躊躇せざるを得ない。尤も本件契約の締結に際し久志本は買主側の代理人としてこれに関与はしているが、右はミサオ夫妻本人が同席しているものの、後日の契約履行に関し交渉上有利便宜と考えて、両者話合の上、久志本が買主の代理人として契約書に連署したものであることが、前示認定のいろいろのいきさつや、原審及び当審における久志本本人尋問の結果に徴し窺い得る。また、たとい右代理権授与の事実や移転の当日久志本がミサオより権利証と引換に金二十二万円を売主側に手交すべく託された事実を以て両者間に委任または準委任の関係が認められるとしても、久志本が專ら仲介業者たる村松を信頼して特別の調査をしなかつたからといつて、過失あるものと謂い得ないことは、前に説示したと同じであり、金二十二万円を権利証と引換にあらずして詐取された点については、前示第二の(五)前段に説示するとおりのそのときその場所における諸々の情況に照して考えると、当初から何等疑念を抱いていなかつた久志本としては、稲岡や山岸等の計画的行動に幻惑されてかかる失策を演じたことも強ち無理からぬことで、言わば不測の災厄にかかつたとでもいうべく、事後に及んで冷静に顧みると聊か軽卒の譏りを免れないが、これを以て直ちにその過失に帰せしめ賠償の責を負わしめることは、苛酷に失すると断ぜざるを得ない。

右に説示する如く久志本の前示行為が、委託関係を前提としても法律上要求せられる善良なる管理者としての注意義務の懈怠を肯定できないものである以上、他面一般の故意過失を要件とする不法行為を構成するとか、事務管理者としての義務違背になるとかいう第一審原告鶴羽の主張の理由のないこと、多言を要しないところである。

よつて第一審被告久志本に対し、右各主張を前提とし本件売買契約に関し第一審原告鶴羽ミサオの出捐した計金三十七万五千円に相当する損害の賠償(遅延損害金を含む)を求める部分の同原告の請求は失当として棄却を免れない。

第三、(第一審原告鶴羽ミサオ並びに同ダビドの第一審被告久志本に対する各慰藉料の請求)

この請求の当否を判断する前提として原判決の認定した諸般の事実(記録第二七二丁表三行目から同第二七五丁表三行目まで)を当裁判所の認定としてここに引用し、右事実となお当審における第一審原告両名各本人尋問の結果を斟酌して考えるときは、右引用にかかる原判決の説示にもあるとおり、前示久志本のミサオに対する暴行は、ミサオが前示詐欺被害によつて悲歎に暮れている直後になされたものであり、右詐欺被害による久志本の法律上の賠償責任の有無は兎も角、久志本はこの点につきミサオを宥めて陳謝の意を表明することすらなさず、却つて前示暴行に及んだものであること並びにその後調停期日における暴言の如きも、故意に自己の非に目を掩うて相手方等の名誉を傷つけんとする意図に出でたことを推知するに足りるから、前示暴行による傷害が比較的軽微であり、且つミサオの久志本に対する責任の追求が或る程度執拗であつた点を考慮に入れても、第一審原告ミサオはもとよりその夫である第一審原告ダビドも亦各その因つて受けた精神上の苦痛は、けだし少からざるものであつたと認むべく、第一審被告久志本としては右原告両名のこの精神的苦痛を慰藉するに十分な賠償をする義務あること当然である。しかしてその額について前示引用の原判決引用の諸般の事実並びに右に説示するところをも勘案して、第一審被告久志本としては、前示暴行による傷害並びに名誉侵害に因る精神的苦痛に対する慰藉料として第一審原告ミサオに対し、金一万五千円、第一審原告ダビドに対し金一万円を支払うことが相当であると認められる。

従つて前示不法行為を原因として第一審原告両名の第一審被告久志本に対する慰藉料の各請求は、第一審原告ミサオについては右金一万五千円、第一審原告ダビドについては右金一万円並びに右各金額に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十八年三月二十九日以降完済まで年五分の率による遅延損害金の支払を求める部分に限り正当としてこれを認容すべきも、その余の部分の各請求は失当としていずれも棄却すべきものである(右慰藉料の外に第一審原告鶴羽ミサオの第一審被告久志本に対する金三十七万五千円の損害賠償(遅延損害金を含む)を求める請求については、さきに第二の(B)において判断したとおりである。

第四、(結論)

以上説示のとおりであるから第一審被告久志本の本件控訴は理由なく、第一審原告両名及び第一審被告村松の各本件控訴は一部理由あるも、結局、原判決を主文第二項以下(一、の(一)以下)表示の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 内海十楼 判事 坂本謁夫)

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